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FTC 対 Qualcomm Inc. 事件

N. D. Cal. No. 17-CV-00220 (May 21, 2019)

−SEP特許のライセンスに関し不当な取引制限及び排除行為に該当すると判断した連邦地裁判決−

米国カリフォルニア州北部地区連邦地裁は、連邦取引委員会(FTC)対Qualcomm, Inc.事件において、被告Qualcomm, Inc.(クアルコム社、以下Qualcomm)による様々な行為が、モデムチップとも呼ばれるベースバンドプロセッサの2つの市場における競争を阻害したことにより、(i)シャーマン法第1条(15 USC 1)、(ii)シャーマン法第2条(15 USC 2)、及び(iii)FTC法第5条(15 USC 45(a))に違反したか否かを扱った。連邦地裁のKoh判事は、10日間の裁判官による審理の後、Qualcommによるライセンス実務はシャーマン法第1条に規定する不当な取引制限、及びシャーマン法第2条に規定する排除行為にあたると判示した。したがって、Qualcommの行為はシャーマン法第1条と第2条の両方に違反すると判断され、また、その実務が「不公正な競争方法」とみなされたことから、FTC法に基づく責任を負うことにもなった。

Qualcommはカリフォルニア州サンディエゴに本社を置き、世界最大のモバイルチップ供給者である。特にQualcommは、携帯電話を携帯電話ネットワークに接続するために必須であると理解されている技術を発明し、2G、3G、4G、及び5Gのネットワーク技術に関連する特許や、ソフトウェアなどの他の機能に関する特許を所有している。Qualcommの一部門であるQualcomm Technology Licensing(QTL)は、Qualcomm特許ポートフォリオのライセンスを許諾している。QTLは、(i)特定の携帯電話規格を用いるために必要な特許である携帯電話規格必須特許(SEP)、(ii)携帯電話以外の規格を用いるために必要な特許である非携帯電話SEP、(iii)規格を用いるために必要ではない非SEP(実装特許とも呼ばれる)の3つのカテゴリーの特許を所有し、及びライセンスしている。ある特許が特定の規格を用いるために必須であると理解される場合、すなわちSEPである場合、標準化団体(Standard Setting Organization, SSO)は、一般に、特許技術を特定の規格(例えば、携帯電話規格)に組み込む前に、特許権者が公平、合理的かつ非差別的な(FRAND)条件でSEPをライセンスすることを約束させている。FRAND条件でSEPをライセンスするというこの約束は、一般にSEP所有者によるFRAND宣言と呼ばれている。

1990年にQualcommは、少なくとも2G及び3G携帯電話規格で使用されている符号分割多元接続(CDMA)技術に関する特許のライセンスを開始した。Qualcommは、競合するモデムチップ供給者であるAT&TとMotorolaの2社と特許ライセンス契約を締結した。この契約では、Qualcommは携帯電話端末の売上に対して4%のランニングロイヤリティを受け、チップの販売に対するロイヤリティは無なかった。しかし、ある時点で、Qualcommは競合するチップ供給者へのライセンスを中止し、その代わりに、端末製造業者(OEM)に対してのみ、携帯電話端末の販売価格に対して4%-5%のランニングロイヤリティでのライセンスを開始した。具体的には、Qualcommは、QualcommのCDMA特許ポートフォリオ(CDMA SEPと非SEPを含む)のライセンスにつき、携帯電話端末の売上に対して5%のランニングロイヤルティを課した。しかし、Qualcommはこれまで、4G携帯電話規格に関連する技術であるLTEポートフォリオのライセンスには、4%のランニングロイヤルティ料率を課してきた。

今回の審理で議論されたように、ライセンスはQualcommにとって大きな利益を生んでいる。特に、この審理で提示された証拠によると、QTLは約500-700億ドルのQualcommの企業価値のうち大部分を占めている。例えば、2016年のQTLの利益は77億ドルであり、Ericsson、Nokia、及びInterdigitalなど他の12社の特許ライセンサーの2016年の合計ライセンス収入を上回っていた。この審理で提示されたさらなる証拠によれば、Qualcommは2011年に携帯電話端末の領域における世界中の特許ライセンス収入の25%を得ており、モデムチップの特許ライセンス収入の50%以上を得ていた。

2014年9月、FTCは本件に関する調査をQualcommに通知し、2017年1月、FTCは訴状を提出した。FTCは、「商業における又は商業に影響を及ぼす不公正な競争方法」を禁止するFTC法第5条(15 USC 45(a))に基づき、Qualcommを訴えた。FTC法によれば、「不公正な競争方法」には「シャーマン法違反」が含まれ、FTCは、Qualcommの行為がシャーマン法第1条及び第2条の両方に違反したと主張した。さらに、FTCは、Qualcommの行為が仮にシャーマン法第1条と第2条のいずれにも違反しなかったとしても、Qualcommの行為はFTC法第5条に違反する「不公正な競争方法」にあたると主張した。

さらなる背景として、シャーマン法第1条は、「いくつかの州における取引又は商業を制限する契約、連携、・・・又は共謀」を禁止している(15 USC 1)。「1条に基づく責任を立証するために、原告は、(i)合意の存在及び(ii)合意が不当な取引制限にあたることを証明しなければならない」(Aerotec Int'l, Inc. v. Honeywell Int'l, Inc., 836 F.3d 1171, 1178 (9th Cir. 2016))。一方で、シャーマン法第2条は、「独占」を違法としている(15 USC 2)。独占の罪には、「(i)関連市場における独占力の保持」及び(ii)「優れた製品、ビジネス上の見識、及び歴史的な偶然の結果として得られた成長又は発展とは区別された」排除行為による「故意による独占力の獲得又は維持」という2つの要素がある(United States v. Microsoft Corp., 253 F.3d 34, 50 (D.C. Cir 2001))。

第1条によれば、原告が契約の存在を示すと、制限がそれ自体不当である場合は別として、一般的には立証責任の転換を伴う3ステップの枠組みが適用される。この枠組みにおいて、原告はまず、「訴えられた制限が、関連市場の消費者を害する実質的な反競争的効果を有している」ことを示さなければならない(Ohio v. Am. Express Co., 138 S.Ct. 2274, 2284 (2018))。すると、立証責任は「被告に移り、制限が競争を促進する理由を示す」こととなる。最後に「立証責任は原告に戻り、そのような競争促進の効率が、より反競争性の低い手段によって合理的に達成され得ることを示す」こととなる(Id.)。

同様に、第2条によれば、被告が独占力を有していることを原告が示すと、一般的には立証責任の転換を伴う3ステップの枠組みがやはり適用される。この第2条についての3ステップの枠組みによれば、原告はまず独占者の行為が「反競争的効果」を有することを示さなければならない(Microsoft, 253 F.3d at 58)。すると、立証責任は独占者に移り、「その行為が競争を促進するという正当な理由を示す」ことになる(Id. at 59)。その後、原告は、(i)独占者による正当な理由を否定するか、(ii)行為による反競争的な害が、競争を促進する利益を上回っていることを示す」ことができる(Id.)。

本件では、Qualcommといくつかの他の主体との間で特許ライセンス契約の形式で契約が存在していることには争いがなかった。従って、シャーマン法第1条の上記の要件は認められた。さらに、FTCは、Qualcommがそれ自体不当な契約を行ったとは主張しなかったものの、Qualcommが関連市場において独占力を有しており、シャーマン法第2条の上記の要件を満たしていると主張した。さらにFTCは、ライセンス実務を含むQualcommの行為は、関連市場において消費者を害する実質的な反競争的効果を有しており、したがって(i)第1条に基づく不当な取引制限と、(ii)第2条に基づく排除行為にあたると主張した。

関連市場における独占力の問題について、Koh判事は、まず市場の区分について説明し、CDMAモデムチップ市場とLTEモデムチップ市場は、分析のために適切に定義されているというFTCの主張に同意した。Koh判事はさらに、CDMA及びLTEの技術領域におけるQualcommの様々なSEPを考慮し、また、Qualcommが様々な端末製造業者に対して特許による影響力を行使できることを示す証拠を検討した。特に、Koh判事は、LG Electronics、Sony、Samsung、Motorola、BlackBerry、Apple、ZTE、Nokiaなどの、少なくとも16社の端末製造業者に関する、Qualcommのライセンス実務及びライセンス行為を詳細に分析した。多くの場合、Qualcommは、(i)端末製造業者が特許ライセンス条件を受け入れない限りチップセットの供給を中断すると脅しており、(ii)端末製造業者がQualcomm製品の代わりに第三者のモデムチップを使用した場合にはより高いロイヤリティを課しており、及び/又は(iii)特許ライセンスを契約することなく技術的融合及び試験目的のためのサンプルを提供することを拒否していた、という証拠が認められた。さらなる証拠は、Qualcommのライセンス料率が(FRAND条件でSEPをライセンスする義務にもかかわらず)不当に高く、Qualcommは、他のSEP所有者とは異なって、特許ライセンス交渉中に特許リストや特許のクレームチャートを提供することを拒否していたことを示していた。これらの証拠を分析するにあたり、Koh判事は主に何人かのQualcomm幹部による当時の電子メールに依拠して、幹部らの審理での証言は自身の電子メール及びメモと矛盾しているために信頼できないと判断した。

裁判所に提示された全ての証拠を分析した結果、Koh判事は、Qualcommが2つの関連市場のそれぞれにおいて独占力を有していたことを、Qualcommが市場で支配的なシェアを持っていたこと、市場参入には大きな障壁があったこと、競合他社がQualcommの価格を低くさせる能力を有していなかったこと、に基づいて結論づけた。さらに、Koh判事は、Qualcommが主張したQualcommの行動についての「競争を促進するという正当な理由」の主張も検討した後で、Qualcommが関連市場において独占力を有していたことに加えて、Qualcommは、シャーマン法第1条に基づく不当な取引制限とシャーマン法第2条に基づく排除行為の双方にあたる反競争的なライセンス実務を行っていたと判断した。特に、裁判所は次のように述べた。「Qualcommのライセンス実務は、長年にわたりCDMAモデムチップ市場と高級なLTEモデムチップ市場での競争を抑え、その過程で競合他社、端末製造業者、及び消費者に損害を与えてきた。Qualcommの行為は『競争そのものを不当に破壊する傾向がある』。……したがって裁判所は、Qualcommのライセンス実務はシャーマン法第1条に基づく不当な取引制限にあたり、シャーマン法第2条に基づく排除行為にあたると結論づける」(FTC v. Qualcomm, No. 17-CV-00220 at page 215)。裁判所は、Qualcommの行為がシャーマン法に違反したと結論づけたため、Qualcommの行為がFTC法に単独で違反したというFTCの主張は取り扱わなかった。

さらに裁判所は、Qualcommの5G携帯電話市場における支配力を考慮して、Qualcommが違法な実務を継続しないよう、恒久的な差止めを認めた。この差止めにおいて、裁判所は以下の通りの是正策を命じた。

(1) Qualcommは、顧客への特許ライセンス状況に基づいてモデムチップの供給を制限してはならず、モデムチップの供給又は関連する技術サポート若しくはソフトウェアへのアクセスに関し、これらが失われ又はこれらが差別的に扱われるという恐れがない状況下で、誠実に顧客とライセンス条件を交渉又は再交渉しなければならない。

(2) Qualcommは、公平、合理的かつ非差別的な(FRAND)条件での包括的SEPライセンスをモデムチップ供給者に対して利用可能にしなければならず、必要に応じて、このような条件を決定するために仲裁又は司法上の紛争解決手段に従わなければならない。

(3) Qualcommは、モデムチップの供給に関して明示的又は事実上の独占的取引契約を締結してはならない。

(4) Qualcommは、潜在的な法執行問題又は規制問題に関し、顧客が行政機関とやりとりすることを妨げてはならない。

(5) Qualcommが上記の是正策を順守することを保証するために、Qualcommは、7年間にわたって遵守及び監視手続に従わなければならない。特に、Qualcommは、裁判所によって命じられた是正策を遵守していることを、毎年FTCに報告するものとする。

本判決は、企業がライセンス契約に関して不公正な行為を行っているとFTCが疑った場合には、企業による関連市場についてのSEPの所有と、これらのSEPに関するライセンス実務が、裁判所によって詳細に調べられる可能性があることを意味する。したがって、1つ以上の技術市場において主要なプレーヤーであり(例えば、市場支配力をおそらく有している企業)、SEPを所有している企業は、ライセンス実務に関して注意を払うべきである。特に、そのような企業は、(i)SEPライセンスが公平、合理的かつ非差別的な(FRAND)条件を含んでいること、(ii)ライセンス交渉に関する行為が、不公正又は反競争的なライセンス実務とみなされる恐れのある行為(例えば、他の供給者からの製品を使用する顧客に高いロイヤルティ料率を課すこと、ライセンス契約を未締結の顧客に対して製品の供給を差し止めること)を伴わないこと、が確実となるように、特許ポートフォリオ及びライセンス契約を再検討すべきである。

この判決のポイント

この判決において、カリフォルニア州北部地区連邦地裁は、被告によるSEP特許に関するライセンス実務がシャーマン法に規定する不当な取引制限又は排除行為にあたると判断した。本判決は、企業がライセンス契約に関して不公正な行為を行っているとFTCが疑った場合には、企業による関連市場についてのSEPの所有と、これらのSEPに関するライセンス実務が、裁判所によって詳細に調べられる可能性があることを意味する。また、本判決は、被告のライセンス実務の是正及び遵守状況のFTCへの報告も命じた。

報告者紹介

Michael Sandonato

Michael Sandonato is a partner resident in the New York office of Venable Fitzpatrick, and co-chair of the firm’s IP Litigation practice. An experienced trial lawyer, he has served as lead counsel in patent litigations in district courts across the country, the U.S. International Trade Commission (ITC) and arbitrations. Michael has been praised by clients as a “brilliant” and “strategic” lawyer and for his “excellent demeanor in front of judge and jury” (Chambers, 2018). He has lectured on patent law at conferences around the globe, and has spoken on panels along-side the Chief Judge of the Court of Appeals for the Federal Circuit and the Chief Administrative Law Judge of the ITC, as well as Judges from the Intellectual Property High Court in Japan and the IPR Tribunal of the Supreme People’s Court of China.

Brian Klock

Brian Klock is resident in Venable Fitzpatrick’s Washington, D.C. office, and is chair of the firm’s Patent Prosecution practice group. With extensive experience in all aspects of patent law, Brian has often defended clients in district court litigation involving patents alleged to have industry-wide impact, has negotiated numerous license agreements, and has more than 25 years of experience in patent prosecution, including USPTO contested proceedings. He has been recognized as a leading individual by IAM Patent 1000 for many consecutive years, and he was the recipient of a Burton Award for Legal Writing in 2011.

弁理士 大塚康弘

弁理士 大塚康弘
大塚国際特許事務所 パートナー副所長。平成11年弁理士登録。東京大学大学院・工学系研究科・電子情報工学専攻・博士課程修了(工学博士)。大塚特許事務所における実務チームのリーダーとして、知財高裁大合議事件を含む数々の訴訟においてクライアントを勝利に導いてきた。特許がわかる本(オーム社)等著書多数。画像処理、符号化技術、通信分野の特許、訴訟を得意とする。

弁理士 木下智文

弁理士 木下智文
大塚国際特許事務所 弁理士。平成25年弁理士登録。東京大学大学院・薬学系研究科・分子薬学専攻・修士課程修了。薬剤師。日本弁理士会国際活動センター米州部副部長、同部研究成果報告セミナー講師。大塚国際特許事務所のシステムアドミニストレータとしても活躍する。医薬、化学、ネットワーク、画像処理の特許、訴訟を得意とする。近年マラソン大会に出場することを趣味としているが、体型のためかクライアントに自慢すると賞賛されずに心配される。

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