月刊The Lawyers 2016年4月号(第197回)
2. Nike Inc. 対 Adidas AG 事件
No. 2014-1719 (Fed. Cir. February 11, 2016)
- CAFCが初めてIPR手続における補正却下に対する控訴を認めた事件 -
アディダス(Adidas AG)は、ナイキ(Nike, Inc.)の米国特許第7,347,011号(011特許)のクレーム1〜46に対して、米国特許商標庁(PTO)に当事者系レビュー(IPR)を申請した。
アディダスは、幾つかの先行文献に基づき、当該クレームは新規性又は進歩性がないと主張した。PTAB(Patent Trial and Appeal Board)は、IPRの申請を認め、011特許のクレーム1〜46に対して当事者系レビューを開始した。
011特許は、靴の「上部(upper)」構成部品に関連する。この構成部品は足の一般的形状を有すると共に、足を収容する空間が形成され、その空間には足首側の開口部からアクセス可能となっている。また、構成部品は、縦編みや横編みにより形成されたニット織物で構成されている。
011特許のニット織物の上部は、具体的に「一体構造(ワンピース)を提示するように構成された単一素材要素」からなる。上部構成部品をこのように製造することにより、「一体構造は、織物要素の部分が縫い目やその他の繋ぎ目により接合されていない構成を表すことを意図している」。
PTABが当事者系レビュー開始の決定を行った後、ナイキはクレーム補正の申立を提出した。その補正では、クレーム1〜46はキャンセルされ、4つの差替クレーム47〜50が追加された。新規クレームは、(1)周囲の織物構造を有しない平編み端と、(2)異なる編み目構成を揺する第1のエリアと第2のエリアからなる一体構造とを有する、一体的な平編み織物要素に関する。
PTABは、クレーム1〜46をキャンセルするナイキの申立を認めたが、ナイキは差替クレーム47〜50の特許性を立証する責任を2つの理由に基づき果たしていないと認定し、差替クレームの追加に関する申立を拒絶した。
ナイキは申立において、クレーム案47〜50の特許性に関し、記録された先行技術ではなくナイキが知っている先行技術に対して特許性を有するとの根拠不十分な主張のみをしていた。
PTABは、特許権者は、記録された先行技術、及び、記録されていないが特許権者が知っている先行技術に対して特許性を有することを証明しなければならないとする要件に鑑み、上記主張では不十分であると判断した。また、それとは別に、PTABは、差替クレームは2つの先行文献の組み合わせに基づき、自明であるとして、クレームを拒絶した。ナイキは控訴し、CAFCに対して3つの主張を行った。
先ず、ナイキは、PTABは、差替クレーム案の特許性に関する立証責任をナイキ(特許権者)に負わせた点で誤りであったと主張し、IPR手続において証拠の優勢により特許性が無いことを立証する責任が申請人にあると規定する35USC§316(e)は、特許権者が導入しようとする差替クレーム案の非特許性の立証責任も申請人に負わせていると主張した。
CAFCは、これに反対し、議会は明示的に、特許権者に補正を許可するための基準を定める規制を規定する権利をPTOに委任していることに留意し、PTOの規定によると、特許権者はクレーム補正を請求する者として、要求する救済を得る資格を有することを立証する責任を負うと説明した。
次に、ナイキは、当業者であってもその2つの先行文献を組み合わせようとしないとの理由により、クレーム案は自明であるとしたPTABの実体的判断に反論し、さらに、PTABは二次的考慮事項の証拠を考慮しなかった点で誤っていたと主張した。
CAFCは、組み合わせについて、ナイキの主張を拒絶し、当該文献の組み合わせは正当であり、靴上部に用いられる一体的織物要素を製造可能な平編み機がそこから教示されるから、ナイキのクレームは自明であると判断した。
しかし、CAFCは、二次的考慮事項として、消耗を減らすことに対する長年の要求に関するナイキの主張を検討しなかったことにつき、PTABが誤っていた点については同意した。
PTABは、二次的考慮事項の証拠を明示的に検討する義務はないが、PTABの判断には、少なくとも非自明性の二次的考慮事項について正当に提示された証拠を検討したことを示す示唆を記載する必要がある。
よって、CAFCは、この点について事件をPTABに差し戻し、ナイキの二次的考慮事項の証拠に基づき、クレームの非自明性に関する判断に影響があるか否かを検討するようにPTABに命令した。
最後に、ナイキは、記録されていないが特許権者には既知の先行技術を含め、特許権者が知りうる全ての先行技術に対して差替クレームの特許性を立証する義務を特許権者に負わせるPTABの実務に反論した。
CAFCはこの点に合意すると共に、PTABのその後の決定により、特許権者に課せられる義務は、差替クレーム案が記録されていない特許権者に既知の先行技術に対して特許性を有することを証明することであることが明確になったと説明した。
この決定によると、特許権者に既知の先行技術とは、特許権者がPTOへの誠意誠実の義務に基づき、IPR手続において記録した実質的な先行技術を意味すると理解すべきである。
ここで、ナイキがPTOへの誠意誠実の義務を果たしていないとの主張はなく、PTOは、記録されていない既知の先行技術に関するナイキの主張は、PTABの決定における義務を果たしていると認定した。よって、CAFCは、それを根拠にナイキの補正申請を却下したPTABの判断は誤りであると結論付けた。
ナイキ事件は、IPR手続において、特許クレームの補正申請却下に対する控訴で特許権者が勝った初のCAFC判決である。現状、PTABは、例外的にのみ特許後の手続における補正申請を認める。IPR手続において、特許権者は、提案する補正クレームは特許性を有し、補正申請は認められるべきことの立証責任を満たしていると示す基準として、この判決に頼ることができる。