月刊The Lawyers 2008年2月号(第101回)
2. Canon, Inc. 対
GCC International Limited事件
No. 2006-1615 (November 16, 2007)
- 特許事件において暫定的差止命令が認められるための基準が示された事件 -
キヤノン(Canon, Inc.)対 GCC International Limited 事件では、ニューヨーク州南部地区の米国地方裁判所は、被告のGCC International Limited, GCC Management Limited, Gatehill International Limited, Q-imaging (USA), Inc. 及び、Tallygenicom LP(以下、まとめて被告)が、他のものとの間で「米国特許6,336,018号(以下、018特許)のクレーム58の技術的範囲に含まれる全ての製品を、生産・使用・販売申込みしたり、米国内で販売、または、米国へ輸入する」ことを禁止した暫定的差止命令をキヤノンに認め、CAFCはこれを維持した。
この判決は、暫定的差止命令を認める基準だけでなく、許容される修理の原則と本事件における黙示のライセンスの原則を示している。
本事件で中心的な問題となったキヤノンの018特許は、キヤノンの製品で使用される着脱可能なカートリッジに関するものである。
キヤノンは、レーザープリンタとファクシミリ機を、この特許が及ぶ交換可能なトナーカートリッジとともに、製造・販売している。
このような装置の購入者は、製品を交換可能なトナーカートリッジとともに受け取るが、トナーカートリッジを使い果たしたときは、それを破棄して新しいトナーカートリッジに交換することができる。交換用カートリッジの販売は、キヤノンの事業の重要なビジネスの一つである。
キヤノンは、キヤノンのレーザプリンタとレーザーファクシミリ機で使用可能な被告のトナーカートリッジが、018特許のクレーム58を侵害していると主張した。
被告は、クレーム58はプリンタまたはファクシミリ機の全体を構成している「主要アセンブリ」とトナーカートリッジとの組合せをカバーしていると主張した。
クレーム58をこのように解釈することで、被告は、許容される修理の原則により特許を侵害していないと主張したのであった。
許容される修理の原則によれば、特許されている物の所有者は、自分の物を修理または交換する適法な権利を有する。
しかし、地方裁判所は、クレーム58がクレームしているのは、単独のカートリッジであって、ファクシミリ機またはプリンタと着脱可能なトナーカートリッジとの組合せではないと判示した。このため、許容される修理の原則は適用されなかった。
また、被告は黙示のライセンスの原則を主張した。黙示のライセンスの原則の主張は、「特許権者が特段の条件無しに装置を販売した場合、当事者が購入した装置の使用を妨げるであろうと合理的に予期する全ての特許を行使する権利を、特許権者は放棄した」というものである(Hewlett-Packard Co. 対 Repeat-O-Type Stencil Mfg. Corp.事件、123 F.3d 1445, 1455(Fed. Cir. 1997))。
しかし、キヤノンが、プリンタとファクシミリ機を、その中の交換可能なトナーカートリッジとともに販売したことは、トナーカートリッジの製造・販売について黙示のライセンスを行ったことには該当しないと、地方裁判所は認定した。
前述の地方裁判所の認定は終局判決ではなく、むしろ、暫定的差止命令を認めるべきか否かについて判断した最初の決定であることに留意すべきである。
地方裁判所が暫定的差止命令を認めたことを審査して、CAFCは、(1)本案における原告の勝訴の見込み、(2)当事者間の回復不能な損害のバランス、(3)公益性、(4)究極のバランス(ultimate balance)、の4項目からなる基準を使用した。
本案における原告の勝訴の見込みは、原告が勝訴する可能性がどのくらい強いか判断することを要する。本事件では、被告の主張を考慮するとキヤノンは強い可能性を有していると地方裁判所は判断した。CAFCは、キヤノンは勝訴する実質的な見込みを有しているという判断に合意した。
当事者間の回復不能な損害のバランスを評価するには、暫定的差止命令の場合、裁判所は、原告が被るであろう回復不能な損害(損害賠償金で十分補償できない、あるいは、後の判決で回避することのできない損害)を決定する必要がある。
次に、この損害は、暫定的差止命令が誤って認められた場合に、被告側が受けるであろう回復不能な損害と比較される。暫定的差止命令を認めない場合に発生するであろう大幅な価格の下落による損害を決定することが困難なことに鑑み、CAFCは、実質的に回復不能な損害がキヤノン側に潜在的に存在すると判示した。
反対に、仮に暫定的差止命令が誤って認められたとしても、被告側が被る全ての損失による被告側の金銭的損害を認定することはずっと容易だろう。
本事件における公益性は、本事件のどちらか一方の当事者を利するわけではないと判示された。CAFCは、被告のトナーカートリッジが市場で流通した場合、公衆は低価格の恩恵を受けることができるが、特許権を実現した場合も公衆は利益を享受すると判示した。
最後に、究極のバランスを評価するために、CAFCは、提示された潜在的な回復不能な損害の個々の見積もりと、原告側の勝訴の見込みとを比較した。
要約すると、回復不能な損害のバランスが原告側に有利になればなるほど、暫定的差止命令が認められるために原告側に立証が要求される本案での勝訴の見込みは低くなっていく。
地方裁判所は、キヤノンの勝訴の見込みを回復不能な損害のバランスとともに適切に評価し、裁量権を濫用したわけではないと、CAFCは判示した。
このようにして、CAFCは、全ての基準に基づいて、地方裁判所の暫定的差止命令を認めた判決を維持したのであった。
まとめると、Canon, Inc. 対 GCC International Limited事件では、特許事件において暫定的差止命令が認められるための基準が段階的に明らかになった。
さらに、許容される修理の原則と黙示のライセンスの原則があらためて言及され、本事件の状況にこれらは適用できないことが判示された。