月刊The Lawyers 2007年8月号(第95回)
2. Central Admixture Pharmacy Services, Inc. 対 Advanced Cardiac Solutions, P.C.事件
Nos. 2006-1307, 482 F.3d 1347 (April. 3, 2007)
- 訂正証明書による特許クレームの補正の有効性に関する事件 -
セントラル・アドミクスチャー(Central Admixture)事件において、CAFCは、原告で特許の譲受人のCentral Admixture Pharmacy Services(以下、CAPS)により提出され、USPTOにより発行された訂正証明書は無効であるとして、特許権侵害の認定を取り消した。
アラバマの北部地区米国地方裁判所は、被告のAdvanced CardiACSolutions(以下、ACS)は米国特許第4,988,515号(以下、515特許)を故意に侵害した責任があると認定した。
515特許は、心臓手術中に血液の持続的な供給が滞った(虚血)ときに、心臓の組織に栄養分を与えて長時間の手術を容易にするために用いられる化学溶液をクレームしたものである。
ACSは、地方裁判所の判決に対して控訴した。CAFCの前の裁判においては、譲受人が提出した訂正証明書が特許明細書を訂正するのに適切だったか、即ち有効だったかが本質的に争われた。
また、地方裁判所では、特許権侵害を訴える発明者の当事者適格性について、バイ・ドール法に基づく不履行の効果が審理されるとともに、ACSの訴答が不公正な行為の答弁を主張するために必要な精密さを欠いているか否かが審理された。
CAFCは、まず、特許権侵害を訴える特許権者の当事者適格性について、バイ・ドール法違反の効果を考察した。バイ・ドール法によれば、政府系機関から資金援助された研究における発明の発明者は、その研究に資金援助している政府機関に報告してライセンスを付与する義務がある(37C.F.R§401.14参照)。
Central Admixture事件では、発明者のバックバーグ(Buckberg)博士は、米国国立衛生研究所(以下、NIH)から拠出された助成金を利用して研究を行ったが、同法で規定されているように、非独占的かつ撤回不能な形で、実施料無料のライセンスをNIHに付与したり、Buckberg博士に付与された特許権を放棄したりすることはなかった。
そこで、ACSは、この違反によって、Buckberg博士の特許は無効となると主張した。この主張はCAFCに認められ、CAPSもBuckberg博士も訴えを提起する当事者適格性がなかったと判断された。
CAFCは、以前のCampbell Plastics Eng'g & Mfr., Inc. 対 Bronlee事件(389 F.3d 1243, Fed. Cir. 2004)の判決を参考にして、「違反があった場合、政府は訴えを提起することができる。
このため、(違反者の)特許を無効にすることができる。しかし、特許権が完全に消滅するわけではない。特許権は、発明者またはその譲受人に残る」と説明した。
従って、バイ・ドール法の違反によって、政府系機関には、その裁量に基づいて特許権を取得する権原が付与される。政府系機関は、その権利を確立して没収を行うためには、積極的な行動をとらなければならない。NIHは515特許に関してそのような行動をとらなかったため、原告は、特許権侵害を主張する当事者適格性を有していた。
本事件の本質的な争点は、訴訟が開始された後にCAPSに発行された訂正証明書に関するものであった。
米国特許法第255条によれば、「・・・事務上または印刷上の誤謬または細かい印字上の誤りであって、特許商標庁の過失によらないものが、特許に発見され、・・・その誤謬が善意のうちに生じており、・・・訂正が、新規な事項を形成し、または再審査を必要とするような変更を伴わない場合」、訂正証明書を発行することができる。
CAPSが提出し、CAPSに発行された訂正証明書は、515特許中の単語「osmolarity(オスモル濃度)」を全て、単語「osmolality(重量オスモル濃度)」で置き換えるものであった。
これらの単語は、両方とも浸透圧(osmotic pressure)に寄与する化学溶液の濃度を記述するが、両者はわずかに意味が異なっている。
「osmolarity(オスモル濃度)」は、全溶液のリットル当たりの溶質量に関係するのに対し、「osmolality(重量オスモル濃度)」は、溶媒のキログラム当たりの溶質量を記述する。単語の変更の結果、クレームされた濃度の範囲がわずかに低下した。即ち、下限側では、より濃度の低い溶液が含まれることになったが、上限側では、濃度の高い溶液が除外されることになったのである。
特許権侵害が主張された溶液の全ては濃度範囲の下限にあったため、このことは重要である。提訴された溶液は、元のクレームを侵害していなかったとしても、訂正されたクレームを侵害していた可能性が高くなるからである。
判決を下すに当たりCAFCは、過去に米国特許法第255条を解釈したSuperior Fireplace Co. 対 Majestic Prods. Co.事件(270 F.3d 1358, Fed. Cir. 2001)の判決を参考にした。
この判決では、クレームを拡張する訂正は、当業者にとって明白な、印刷上または事務上の誤りを訂正する場合のみ有効であると判示されていた(Superior Fireplace事件, 270 F.3d 1373)。
本事件においてCAFCは、許されない拡張を行う訂正証明書を無効とするためには、次の2つの要素の証明が必要であることを明らかにした。
(1)訂正されたクレームが元のクレームよりも広いこと。
(2)事務上または印刷上の誤りが存在すること、またはその誤りの訂正の仕方が、当業者に明白でないこと。
さらに、CAFCは、第1の要素は法律問題を形成し、第2の問題は事実問題を形成すると述べた。
第1の要素に関して、CAFCは、訂正されたクレームには、元のクレームの技術的範囲外の濃度の低い溶液が含まれているため、訂正証明書はクレームを拡張する役割を果たしたと認定した。
訂正された表現には、濃度範囲の上限に位置する濃度の高い溶液は含まれなくなったものの、元々は範囲に含まれていなかった、濃度範囲の下限に位置する濃度の低い溶液が含まれることになったと、CAFCは判示した。
第2の要素に関して、CAFCは、Superior Fireplace事件で概説された、誤りの3区分を利用した。
(1)誤りであることがすぐに分かり、誤りが何であるかについて疑義を残さない誤り。
(2)第三者に全く明らかでない印刷上の誤り。
(3)誤りがあることは明らかだが、その誤りが何であるかは不明な誤り。
これらの区分について、CAFCは、第2、第3の区分の誤りを訂正する方法は第三者に必ずしも明らかではないだろうから、訂正の効果によってクレームの技術的範囲が拡張される場合は、これらの誤りを訂正証明書で訂正することはできないと分析した。
CAFCは、本事件では、単語「osmolarity(オスモル濃度)」のスペルは正しく、第三者はそれが誤って記載されたとは思わないであろうから、誤りは第2の区分に属すると判示した。従って、その誤りは当業者に明白ではなく、譲受人が行った訂正はクレームの技術的範囲の拡張に該当するから、訂正証明書は無効であるとCAFCは認定した。
この結果、ACSに対する略式判決を認容し、特許は当初の状態で残ることになった。地方裁判所における特許権侵害に関する略式判決と故意の侵害に関する略式判決は、訂正証明書が有効であることに依存していたため、両方の判決は取り消された。CAFCは、元のクレームに基づいて判断するために、特許権侵害の審理を地方裁判所に差し戻した。
本判決によって、訂正証明書により特許の文言を有効に補正することできる状況が明らかになった。訂正証明書が無効と判断されたことと、それによる特許の技術的範囲に対する影響によって、特許と特許出願の言葉遣いを適切かつ十分にチェックすることの重要性が明らかとなった。